イエス・キリストの教えを考えるー道と愛についてー

平和と、信仰を伴う愛が、父である神と主イエス・キリストから、兄弟たちにあるように エフェソ6:23

愛は道である。
いや、道であった。
愛を術と呼び得るとき、その時は、もはや愛ではないのだろう。

〝愛している〟と言えばそれは愛なのか。
〝わたしたちは神の愛を実践する〟と、週ごとに皆でそう告白すればそこに愛があるのだろうか。
―そうではあるまい。愛は個人への関心であり、人との結びつきを欲する。愛している、その言葉は真心から目の前の結びつきのある人に対して(結びつきをもつべき人に対して)発するから真実である。そして、〝愛している〟と真心から発する言葉には、必然的に実践する努力と責任が結びついている。

もしも現実に、誰を想定することもなく空に向かって愛の言葉を皆で唱和し続けるなら、こんなに虚しいことはない。言葉と行いは一致すべきなのだが、この場合、そうした気概を個人が負う必要もない。もしくは、誰かを愛したい(愛すべき)がそうできない自らを慰める偽善の言葉へとたやすく変容する。こうしたことは、いくら霊的だと主張しても、実体から遠ざかるだけでなく、神の意図からも外れている。自助、自律と言った伝統的プロテスタンティズムの精神に反し、教会全体の弱体化をまねく。

日本の教会は開国後、欧米の宣教師によって開拓された。結果、歴史に残るような果実を得た。我々の先祖は誇り高く気概があった。少数ではあったが、外向きで大きな視野をもつ人物達が生まれた。世に対して、国に対して、確かに塩となり光となった。もっとも社会全体に鎌倉から流れる日本独特の武士道というプロテスタンティズムに似た気風が濃く残り、たとえキリスト者ではなくても、国をよくしようと皆がそう思った。これについては後に述べる。
終戦後、教会は一時期は発展する兆しも見えたのだが、どういうわけか時が止まり、時代に取り残されてしまった。

当時の教会の発展を診断すると、欧米文化の流入、社会情勢の不安、政治制度、その他多種の要因があるのは事実である。その全ての要因は脇に置き、礎石を掴む。

すなわち愛について。

―昔は愛があったのではなかろうか。
キリスト者からは誤解される表現になるが、日本社会に、言い過ぎかも知れないが、聖書の教える隣人愛に近いものがあったように思える。無論、真理を知り、真理を教える教会にはより強い愛があったに違いない。後世から見るからそう言えるのであって、当時の人々は各段難しく考えることもなかったのではないだろうか。おそらく、純粋に人が好きだったのではあるまいか―重要なことである。

時代背景からすると、キリスト者のなかにも、国を、社会をよくしたい、隣人のためにも労を惜しまない、そう思う人が相当多かったのではあるまいか。たとえ自分が幾らか損をしたとしても。
―それを愛と呼べないだろうか。
皆が貧しかったから、と言われればそうかも知れないが、本来このような自己犠牲的な隣人愛は、欧米のキリスト教の覚醒運動後にみられる果実であり、他国ではまずありえない。それが、我々の先祖が築いてきた武士道という奇跡的な産物と欧米のプロテスタンティズムが、不思議にも偶然にも似ていたのだ。

日本は後進国だった。明治維新後、我々の先祖は憲法を作り、国会を開設し、鉄道を敷き、全国に学校を建て、わずかの期間にとてつもない犠牲と苦労の末に国としての体を作った。貧しさから抜け出し、欧米に追いつこうとした。こうした時代背景から、愛は志と結びついた。キリスト者の名前を調べるなら、誰もが志をもっていたことがわかるだろう。たとえ名前が残ることはなかった若衆、婦女であっても彼らと似ていただろう。

当時のほとんどのキリスト者は、人生の途中で始めて福音を聞き回心した。家族を養う働き盛りの青年も多かった。そんな彼らを現代的な感覚で教会がどこまで育成ができただろうか。キリスト者になった人は、ごく当然なことのように、社会に対して自らの心にある責務を果たしていったに違いない。と同時に間違いなく精力的に伝道もした。そこには道があり、力があり、命があった。

いつしか教会は見える教会に目を向けるようになっていった。
国が豊かになった弊害なのか。戦後の教育、政治のせいなのか。要因はある。
教会は教会自身に目を向けるようになり、本来、世で使うべき人力を目に見える教会内で使うようになり、とかく教会に人が集まることを求めるという、上辺を見る安い罠に堕ちていった。〝リバイバル〟という言葉も、魅力的で人を騙しやすい。信仰復興運動に真実な聖霊の業があったにせよ、しばらくするうちに、明治のキリスト者なら、教会が現実社会を無視し始め傾倒していく過程の中で、内輪の祭りに陥る危険性をおそらく見抜いたのではないだろうか。いずれにせよ時がそう経たないうちに世代は代わり、次第に術に陥り、教会はさながら旧約のレビ人のようになったのではあるまいか。
教会は、愛と志と力を失い、森に入っていった。神の教えではなく、先祖の教えにすり替わったのだ。
少なくともこの国の初期キリスト者たちは神の道の上の歩いたのだ。

昭和、平成が過ぎ令和となった。国もだいぶ変わった。たとえキリスト者になったとしても、この国を愛し、社会をよりよくし、外向きで人を愛する、そんな志をもつ人がどれほどいるだろうか。過去の日本人が当たり前に持ちあわせていたこの崇高な精神を今日我々はどれほど引き継いでいるだろうか。福音と同様にほとんど教えられたことはない。この損失による影響は計り知れなく、国全体に及ぶ。

時代は終末に向かう。神の道の理解には知恵が必要だが答えは聖書に記されている。―が、国、社会、隣人に向けられる愛は、教会が辿るべき道の中の道なのではないだろうか。

キリスト教ー神の知恵と神の道ー

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である」ヨハネ14:6
あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。マルコ7:8

私は、最近「道」という言葉に足を止めて、思いを巡らすことがあった。
ある朝のデボーションのことだった。使徒行伝20章以降を読む中で「神の道」という言葉が目に留まった。私には時折賛美を作る趣味があるのだが、ちょうど「信仰の道」という言葉を歌詞に当てはめたばかりだった。
そういうわけで、「神の道」の「道」に目が留まったといえる。賛美を作りながら思ったことは、〝神の道〟とは、すなわち〝信仰の道〟であり、〝信仰の道〟とは〝神の道〟であると私の脳裏で今一度合点がいった。

誰でもキリストに従う人生を送ろうとするなら、〝人の教えよりも神の教え〟を選んでいく、そんな生き方を願う。しかしながら、この両者の見分けがなんと難しいことだろうか、と私は近年再三思ったものだ。おそらくそんな時代なのだと私は思ったのだが、歩を弁えるべきであり自分を過信しないように、との思いをもちつつも書く。

世の中にあって、社会において両者の区別はたやすいといえよう。それは、例えば、公正であり、清さであるような、良心に呵責のない選択、凛とした品格、品性を求めていくことが自然と回答となる。では、キリスト教会ではどうだろうか、と投げかける。ここに私が先に述べた難しさがあるように思うのだ。

人の教えなのか神の教えなのか。この論争はご存知の通り、かつて主イエスが律法学者を叱責したテーマのひとつである。神の教えを捨て、先祖の言い伝え、―長老の教えとも書いてある―をあなたがたは守っている、と。
主に叱責された律法学者を弁護するつもりはないが、人間とは我々が思っているよりもずっと、神の教えから離れ、人間の教えに巧妙にすり替わりやすく、ふと気が付けば皆がそういう状態になんの疑問も抱くことなくなってしまっていた、という宿命に近いものをもっているように思える。

これは非常に多岐に渡ると思う。一例で言えば、常識となっている教会の在り方、運営、礼拝の形式、順序、あるいは方法、どれをとってもいい。果たしてそれは、神の教えなのだろうか、人の教えなのだろうか。
さらにこう問いかけてみるとさらに深層にはいる。それは〝良いこと〟なのだろうか。それとも〝良いと思われること〟なのだろうか。概して、多くのことが、神の教えではなくいわゆる先祖の教え―この場合クリスチャンの先輩といっていいーになっていないだろうか。それは神からでたものなのだろうか、それとも人からか。
この見分けがキリスト教会内でできなければ、まさにそれは神の知恵をどこかにおいてきてしまったといえるのではないだろうか。そして、結果として道に迷い、道を失う。単に霊の人が築き上げてきた良い?伝統を否定しているのではないことは申し上げておく。

少し話はわきに逸れるが、聖霊は人に知恵と理解力を与えてくださると聖書は教えている。祈祷会、赦し、従順、あるいは誰か有名な人の預言というような、もしかすると先祖が長い期間築き上げてきた正当な、王道のレールをこれからも進んでいくことが、健全であり、疑問をもつことすらいけない聖域となっていないだろうか。

事実、過去に聖書の教える信仰を否定するキリスト者、団体によって神の教えを守るキリスト教会は大変な深手を負ってきた。致命的とも言えそうだ。いまもそうである。であるが故に、先に申し上げたキリスト教会内でのこうした発想がタブーに近いものであり、信仰的動機であっても進んで触れることを難しくしているとも思える。

そこで先ほど神の知恵と理解力に触れたのだ。稀代の天才医師による診断、諸葛孔明のような天才軍師による分析を経て、そして真に必要な処方箋と知恵をいただきながら、教会は本来あるべき道を未来に向かって進むことはできないのだろうか。
ヨセフ、ダニエルの名前を挙げてみる。多少誇張気味かもしれないが、彼らは自分のおかれている国の過去(歴史、経緯の分析)、そして、今という時代の現状把握―キリスト教会の座標と置き換えて言うには無理があるか―さらには先見の英知をもって未来を見たのだ。まさに聖霊による知恵と理解力によるものだった。

あるとき、諸葛孔明は家臣の姜維(きょうい)にこう教えた。
「要するに兵法の極意というのは、術ではなく道にあるのだ。術は上辺にすぎず、根底にある道こそが肝要」と。
私はこう思った。つまり方法や技術は表面であり、全体としての進むべき方向、大動脈を見つけそれを理解していることが大前提としてあって、そこで初めてその術に意味や根拠が付いてくる、と。(もしかすると、道を知っているが故に新しい術を生み出す可能性もある)。そして、その大動脈の道の上を進むことができる、と。

これは神の道と似ていないだろうか。道を知らなければ、術に陥る。術自体にいのちはない。
またわきに逸れる。
剣道、茶道、何々道というのは日本人には馴染みがある。武道、芸道などの武芸は、価値観や哲学的要素が底辺にある。武芸の目的は術の獲得ではなく、根底に流れている生き方や自己の精神的修練であり、これこそが大動脈である。技は孔明のいうところの上辺の術に過ぎない。見えざるものこそが本質というのは聖書が語る真理と同じである。

教会(この場合、地域教会をさす)、礼拝、祈祷会、伝道会、年間目標も然り、それは術である。さらには我々が愛と呼んでいるものも術になっていないだろうか。―それは神の意図した愛とは違うー愛については別に述べる。

神の道。今の座標を知り、そして未来へと進んでいく深層にある大動脈の流れを理解しているだろうか。もしその道を神の知恵により得ることができれば、上辺と呼ばれる術も、以前にはない鮮やかな色が付くだろう。

そして、私はこのような思索のなかで改めて思った。「わたしは道であり、真理であり、命である」、と言った主のことばを。ご自分を「道である」、と言われたことばの意味の深さをまた少しだけ知ったような気がした。