佐々木満男弁護士(みっちゃん)アメリカ大統領選挙について

1 本当はどうなんだろうか?

 「往生際が悪い」。「悪あがきをしている」。

無罪を主張し続けている刑事被告人に対し、マスコミがこぞって彼を有罪と断定して浴びせる言葉である。でも、判決では無罪を宣告されることが良くある。事件の捜査にタッチした警察や刑事裁判を追行した検察ならともかく、他者から入手した情報だけで判断して、被告人を断罪し罵倒するマスメディアの責任は重いと思う。マスメディアの本来の使命は、真実(本当のこと)を追及して、それを人々に知らしめることではないだろうか。

2020年11月3日にアメリカの大統領選挙が行われた。今回の選挙で誰が大統領に当選するかは、アメリカの将来だけでなく、今後の日本を含む世界の政治、経済、社会に非常に大きな影響を及ぼすため、選挙のかなり前から真剣に祈ってきた。

開票の結果、日米のマスメディアはこぞって、トランプ氏に対してバイデン氏が投票数で圧勝し、同氏が次期大統領に当選したと、あたかも既成事実のように報道している。しかし、開票中から、選挙に関する驚くべき不正行為の数々が明らかにされてきた。マスメディアは、それらを無視して、ほとんど報道しないばかりか、「往生際が悪い」とか「悪あがきをして民主主義を破壊している」と、不正選挙を主張して敗北を認めないトランプ氏に対して、厳しい批判を浴びせている。

だが、「トランプを徹底的に貶めろ!バイデンを持ち上げて、不利な事実は一切報道するな!」という大手報道機関CNN(Cable News Network)の編集会議の録音データがネット上に公開され、CNNは大統領選挙については真実を公正に報道する機関ではなく、バイデン氏を当選させるためのプロパガンダ(宣伝)機関にすぎないことが暴露された。残念ながら、他の日米のマスメディアの実体もまったく同じではなかろうか。

2 巨大な暗闇が明るみに

万物の創造主によって造られた神の子である人間には、真実(本当のこと)を知りたいという本能がある。サタンは真実を隠蔽し、虚偽によって神の子を破滅へと誘導しているのである。

私は今回の大統領選挙について、「何が本当なのか?」に強い関心を抱き、「暗闇に隠されている真実が明らかにされますように!」と祈りつつ、マスメディアに報道されていないネット情報等を、毎日のように追ってきた。そして、次第に、あくまでも自分なりの見解ではあるが、とんでもない真実の全貌が見えてきた。

それを一言でまとめると、「唯物論的共産独裁主義/グローバリズム」対「キリスト教/有神論的民主主義」の戦いであると言うことができると思う。

この大掛かりな選挙違反は、年月をかけて組織的に準備され、巧妙かつ広範囲に行われてきた。特に、多くの州で使用されたドミニオン社製の投票機に外部からアクセスして、トランプ氏の得票数を少なくしバイデン氏の得票数を多くする操作が行われていた。このドミニオン投票機の製作、所有、採用、使用、資金提供等については、民主党政治家だけでなく、CIA、グローバリストのジョージ・ソロス及び中国共産党が関与していた事実もクローズアップされてきた。

これらは、アメリカの州法違反、連邦憲法違反のみならず国家反逆罪の問題にまで発展しつつある。そして、最悪事態としては、アメリカ国内における内乱勃発、対外的には米中戦争突入への可能性までも予想されている。

「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはありません」

(ルカ12:2)

ささき みつお(弁護士)

佐々木満男弁護士ー福音とは何かー

1 福音とは何か!
ある大きな伝道集会の講師として招かれた時のことである。多忙のため全く準備ができなかった上に、集会の前の晩は仕事で徹夜になってしまった。ぼ~っとした頭で会場に出向く。私の話を聴くために、数百名の参加者がぞろぞろと入場している。でも、話のテーマも決まっていない。「いったい何を話したら良いのか、、、」
たまたま開会前に講師控室で一人で祈る時間が与えられた。必死に祈っていると、「伝道集会だから、『福音』について語ろう」という思いになった。「そもそも、『福音』とは何か?」。クリスチャンにとっては日常用語であっても、未信者の方々にとってはピンとこないのではないか。
スマホで「福音」を検索した。福音とは、新約聖書の原語のギリシャ語では、 euangelion (ユーバンゲリオン:良い知らせ)である。どれほど良い知らせなのかというと、ローマ軍が戦争で勝利したその知らせを持って早馬で駆け付けた伝令が、ローマ皇帝にそれを伝えた途端に力尽きて死んでしまう、「死んでも良いから伝えたい!」、「死んでも伝えなければならない!」、それほどの、最高の良い知らせなのである。
では、聖書の「良い知らせ」とは何か?もちろん、「キリストの十字架の死と、その3日後の復活によって、神に対する人の罪が赦され、永遠の命を持つ神の子になれるんだ!」という知らせである。

2 史上最大のグッドニュース
そう考えた瞬間に、そうだ、福音は、「私の人生の最大のグッドニュースだ!」「人類の史上最大のグッドニュースだ!」とひらめいた。
「皆さん、今日は福音を伝えに来ました。福音とは何でしょうか?福音とは読んで字のごとく、『良い知らせ』すなわち『グッドニュース』です!」と講壇に立って話し始めたら、私の内側に聖霊が火のように燃え上がった。
「それでは、聖書の福音とは何でしょうか?聖書の福音とは、私の人生の最大のグッドニュースです!人類の史上最大のグッドニュースです!」と叫んでいた。お腹の底から喜びが湧き起こり、興奮して無我夢中で話し続けた。十分の一も話さないうちに60分の制限時間が過ぎてしまった。
「皆さん、非常に残念ですが、私の話はここで打ち切りです。もし話の続きをお知りになりたかったら、会場の外で販売されている私の本を買って読んでください!」と締めくくった。驚いたことに、閉会後、本を買うために長蛇の列ができ、用意された100冊近くが、あっという間に完売になった。私の内で福音が爆発したのだ。「この福音を語ったら、もう本望だ、もう死んでもいい!」。そういう爆発的な思いで語っていたのだった。 

2 福音は大爆発だ!
「芸術は爆発だ!」と岡本太郎は言った。「全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと。それが爆発だ。人生は本来、瞬間瞬間に、無償、無目的に爆発しつづけるべきだ。いのちの本当のあり方だ」という。(「自分の中に毒を持て」(青春文庫)より)
ならば、私は、「福音は大爆発だ!」と言いたい。福音を信じ受け入れるなら、その人の内側に大爆発が起きる。それによって、自分で生きよう生きようともがいていた古い人は死んでしまう。その代わりに、神の永遠の命にあふれて生き生きと生きる新しい人(神の子)が誕生する。その最大の象徴が、キリストの十字架の死と復活である。この福音によって、「それを信じ受け入れた人は一瞬にして神の子になる」という大爆発が、日本中に、世界中に広がっているのである。

富の分配

先日、ある方から献金を頂いた。

その人もそんなに裕福な人ではないことを知っていた。

私は遠慮したのですが、ご好意ということで受けとりました。

正直に言って嬉しかった。

そして、私は受け取る前に決めていたことがあった。

この献金は「分けよう」と。

キリストのために命を捧げている、あの貧しい家庭と、あの人に、と。

どちらも長年キリストのために、福音のために命を捧げて来た人だ。

しかし、そのためにある意味、家庭や自身を犠牲にされてきた。

もしもお金があったら避けられた悲しみも事実多かった。

 

 

私が思うに…。間違っているかもしれませんが…。

富のあるクリスチャンには富のあるクリスチャンが集まりやすく、

貧しいクリスチャンには貧しいクリスチャンが集まりやすい。

同じように、富のある教会には富のあるクリスチャンが集まりやすく、

貧しい教会には貧しいクリスチャンが集まりやすい。

(おそらくこれ事実多いと思います)。

 

そもそも献金ってなんのために。

もちろんいろいろな使い方があっていいと思う。

でも、

キリストのために熱心に生きてきた人(生きている人)が、

貧しく、ギリギリで生活していることがこれほど現代に多くあっていいのか、と。相当なものです。

 

新約時代を思い出す。

「貧しい人はひとりもいなかった」って。

私はお金はないけれど、お金がない人々を助けたいと思う。

お金ってあるところにはけっこうあるし、それが届いてほしいところに流れてこない。

 

誰にでもお金をあげればいい、というのではなく、

節度をもって、キリストの愛の中で、みんなが助け合い励まし合いながら

普通の家庭の暮らしができて、子どもたちも普通に育てられて、

宣教の働きが進められたら素晴らしいなって思うのです。

現代、そしてこれからの社会は格差が広がりもうこの流れは止められない…。

キリストの体も同じなのか…

世とは違うコミュニティ、イエス様ゆえにあの御言葉がキリスト教界でできないかなって…。

それが教会(エクレシア)なのではと思いました。

信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。《使徒4:32》

証しーキリストとの出会いー

以下は私が2016年の初頭に書いたもの。

佐々木満男弁護士から「ぜひ証しを書いてください」とのことだった。

私は当時生ける屍であったが、書き続けた。出勤前と後、朝晩の電車の中で。

全部でA4用紙で100枚以上になった。ーその第1章ー

原本通り、実名を出す。いつか誰かが元気づけらるならいいでしょう。アーメン

兄弟たちは、子羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに竜に打ち勝った。彼らは死に至るまでも自分のいのちを惜しまなかった。《ヨハネの黙示録12:11》

証し  國分 光平

私は、7人家族の家に育ちました。私は長男で、二人の妹がいます。
福島の二本松市の田舎で生まれ19年生活しました。

私はおばあちゃんとおじいちゃんが大好きでした。
父は職を転々とし、私が中学二年のときに郡山でお弁当屋をはじめました。
お母さんは手伝いたくなかったそうですが、仕方なく二人でお弁当屋をすることになりました。これは私が大学卒業後まで続きましたが、最後は倒産という形で終わりました。借金はもう返済しています。

私が大きくなるにつれて、家庭の問題は大きくなっていきました。
みんな仲が悪くなっていったのです。特に父との関係が悪くなっていきました。
それでも、何とか家族一緒に食事をしていましたし、最低限の秩序はあったとは思います。
今思うと、父や母の発言や行動により、とても自信感のない子供に育ちました。特に父からはあまり愛情を受けなかったと思います。その代り、祖父母からはたくさんの愛を受けたと思います。

小学生の頃から人一倍ともだちは多く、明るい子でした。しかし、私は中学二年生の時に登校拒否をしました。大きな傷となりました。
一般試験で県立高校に落ちました。まさかでした。当時の面接の試験管が、私になぜこのように欠席が多いのかと質問し、長い沈黙がありました。答えられなかったのです。それが響いたと思います。

家に帰り目の前が真っ暗になりました。
家の庭で「神様助けてください」と言いました。

翌日、中学にいき、担任の先生と話しました。5人くらいが高校に落ちて集まっていました。
二次募集の案内を見ました。1名、2名・・・、雲をつかむような話でした。
それでも、遠方にある聖光学院高校に普通科若干名という案内に希望を持ちました。
しかし、また私の内申書が影響して落ちると思いました。

隣の校長室にいた校長が私を一人だけ部屋に呼びました。
「國分くん、私はあなたが優しくてまじめな学生なことを知っている・・・」
こんな話でした。
「本当はいけないのだが、わたしがあなたの内申書を書き直しました。欠席日数は2、3日になっている。だから胸を張って試験に臨んでください」と鈴木校長は言ったのです。
信じられませんでした。
そして、私は聖光学院高校を受験しました。
キリスト教精神の高校です。面接官が「我が校では、毎日礼拝がありますが、参加できますか?」というものもありました。私の欠席のことも面接で聞かれませんでした。
そして、見事に普通科に合格しました。
嬉しかったです。

その後、三年間通いました。私は中学二年の時の勉強が抜けてしまったこともあり、勉強ができない人になっていました。また、勉強をしない人になっていました。する必要は感じていて、毎日、ほぼ全教科書をもって帰宅したのですが、結局毎日開かなかったのです。

一年生の時に、「聖書」という時間が週に一時間ありました。私は好きでした。
伊達にある日本キリスト教団に所属している小野先生という女性の先生が聖書を教えました。パウロの「回心」、主の祈りを教わった記憶があります。
その先生は翌年に体調が悪くなり辞めたと思います。
二年生になったとき、物理担当の三本松という先生がやってきました。その先生が一年間に3回くらい説教をしました。30歳くらいで「ハレルヤ」とギターを弾く先生で、かなりインパクトがありました。
私が二年生のある時に、三本松先生が、「神様が祈りに答えてくださる三つの答え」があるというものでした。「御心なら、はい。御心ではなく、欲から出たものなら、いいえ。
あなたにはもっとよいものがあるが、それには少し時が必要です。あるいは別なもっとよいものがあるから、ちょっと待ちなさい」というものでした。
そのメッセージには油注ぎがありました。感銘を受け、神様は確かに存在されるかもしれないという強烈なインパクトを受けました。教室に戻った時に、クラスの学生も、担任の先生も相当な霊的インパクトを受けたようで、「神様いるかもれないと思った」と言っていました。
その後時は流れました。あの時以上のことはありませんでした。

3年が終わり、私は受験にすべて落ちました。
家計のこともあったのですが、私は浪人することに決めました。
父は私が東京で新聞配達をして予備校に通うことを勧めました。父は一人で東京の新聞配達所も決めてきました。しかし、私はそれは不安で心から嫌がりました。
福島の比較的安い小さな予備校に通うことになりました。それでも、大学はお金がないからいけないかもと言われました。
私は中学の先生になりたいと思っていました。登校拒否もしたし、その子供たちの心が理解できると思ったからです。

聖光学院から予備校に行く人はまれでした。ほとんどは就職で、時々専門学校で、あとは推薦でキリスト教系の大学にいくというものでした。

予備校には知らない人ばかりで、行き帰り一言も話さない日がほとんどでした。
当時の代ゼミの「実況中継」を読み勉強し、学力は不思議と上がっていきました。

そんなくらい予備校生活でしたが、さらに辛いものにしたのは、家族の中がもっと悪くなっていったことでした。とくに、祖父母の生活様式の違いから、一緒に食卓を囲まなくなりました。それは私にとってショックでした。私は、自分のご飯をもって祖父母の部屋にいきそこでご飯を食べました。時々、そこで一緒に寝ました。
私は小さい頃からおばあちゃんが大好きでした。
(中学の時に「僕は明日死ぬ」と隣に寝ている祖母に話したときに、祖母は私の手を握り「死ぬな、死ぬなら私も一緒に死ぬ」と言ってくれました。私は気づかれないように泣きました。
死ぬのはやめようと思いました。・・・祖母とはこのような友情のようなことがたくさん思い出にあります)。

孤独な浪人生活でした。もし私が大学に行くとなれば、それは現実的に仙台か東京になります。私がいるときに、家族が仲良くなってほしいと願いました。少なくとも祖父母が幸せに暮らせる家庭にするという思いが湧き上がってきました。
そのために、私は母や妹とぶつかりました。
家族会議みたいなこともありました。私が家を飛び出たこともありました。

そんな生活の中で、「神様は本当にいるのだろうか?」という思いに囚われました。本気で探した人などいないのではないだろうか。では、私は本気で探そう、という結論にいたりました。覚えている〝主の祈り〟を告白し始めました。
毎日、大きな変化はなかったのですが、ぎりぎりの電車に乗れたり、不思議と学力が上がったり、生活の中で何かちょっとした変化が神様の存在感を現実的に実感するようになっていきました。確かに信仰が増していきました。

・・・話は飛ばします。
予備校に行く前のある朝です。私はまた母とぶつかりました。
「どうしてお母さんはおばあちゃんと仲良くできないのか」
「それはできない。あなたが大きくなったわかること」
「私が家族をなかよくできるようにしているのがわからないのか」
「私にはできない。無理だ」という返事が返ってきました。
私は怒りました。そんなときに二階から私の大声を聞いた父がやってきました。
「お前はまた大人を馬鹿にしているのか」
私はなんと返事したか今は覚えていません。
父は話の最後に、私の胸ぐらをつかみながら「俺は昔からお前のことが嫌いだったんだ」といいました。
私は大泣きしました。確かにそうだと思ったのと、父がついに言ったと思ったからです。
私も父の胸ぐらをつかみ返しました。
そこに私の泣き声を聞いた祖父母がやってきました。祖母は優しい声で「私のことで喧嘩しないでください。私たちはもう長くないし、大丈夫だから。もうやめてください」
そんな風に言いました。

私はもう今日は部屋に閉じこもろうとしましたが、父は「行って来い」と言いました。
結局私は、泣き叫びながら、いつもの二本松駅のある方向へ、阿武隈川にかかる高田橋へと向かって自転車を走らせました。

なぜ神様を信じたのにこうなってしまったのだろう。
私の友人だった鈴木くんは、神を信じないし、冗談だとしても自分中心に世の中は回っているとも言っていたし、大学も合格し、アルバイトもしていて、家族は仲もよい。

それなのに私は。
今までの時間は何だったのだろうかと思いました。
神様、どうしてですか。神様、どうしてですか。泣き叫びました。
神様を信じてきたが、すべてが台無しになり、こんな結果になったと思いました。

もう神様を信じるのをやめようかとの思いがやってきました。どうしよう。
こう思いました。神様を信じるのをやめたら今後も信じることはなくなるだろう。
しかし、いまここで信じることをやめないのであれば、今後も神様を信じることができるだろう、と。
これはとても短い数秒間のことでした。
そして、私はそれでも神様を信じよう、と思いました。
「私はそれでも神様を信じます。」その言葉に自分で感動もし、余計に泣けてきました。
しかし、次の瞬間、絶望が私を襲いました。

しかし、神様を信じてどうなるのだろう。今までも変わらなかったし、今後もまた同じ生活なのだろうか。神様を信じるといっても、神様って一体なんなんだろう。結局、神様のことが全くわからない。結局何も変わらないではないか。どうしよう。
信じたいのに・・・。
高田橋に差し掛かりました。自転車は長い坂道を下ってきました。
大泣きしていました。天候は気持ちの良い晴れでした。
高田橋は長い橋です。橋に差し掛かり上り始めました。
橋の下に阿武隈川が流れています。目の前に見えるのは、安達太良山です。そして自然が美しく見えました。そして、すぐわきを鳥が確か一羽、スズメかもしれませんが飛んでいきました。自然が美しくて、神様はいるという思いが湧き上がってきました。
偶然にこの世界が存在するわけはないと思いました。

次の瞬間、わたしはついに大声で叫びました。
「私はイエス・キリストを信じます」
「あなたが神様だったんですね。ずっと私のこと見ていてくれたんですね。」
その時、私の背後にイエス・キリストがおられることを存在を確信しました。
そして、私の体は異常に熱くなって燃えているような感覚になりました。
(私はこういいました。イエス・キリストなんですね。あなたが神様だったんですね。私はつい調子にのってしまい、あなたがイエスさんなんですね。と言いました。
心に責めがやってきて、すみません。ごめんなさい。といいました。)
天使が両隣にいるのがわかりました。「あなたが天使君なんですね。嬉しいです」。特に左側にいた天使からものすごい力を感じました。(しかし、天使は目には見えませんでした。)
身体が燃えるように熱いので、「イエス様、これはいったい何なんですか」といいました。
瞬間、高校の時に、何かの集会の最後によく歌った讃美歌が思い出され、直感的に分かりました。「天地こぞりて、かしこみ、たたえよ。御恵みあふるる、父、御子、御霊を」
これは聖霊だと知りました。そして、神様の名前は「主」だということが直感的に確信となって私の頭にやってきました。
「やったー、嬉しいです」私は言いました。「これが聖霊なんですね」。高田橋を下り始めていました。その時、私は「私には希望がないんです。どう生きていいかわかりません。どうか神様、私に希望をください、希望がないんです。希望をください」と安達太良山を見ながら泣き叫びました。これは私にとって全く予期していない言葉でした。しかし、本当にそうだという実感が心と一致しました。
力が溢れて熱いので、ドラゴンボールの孫悟空のようになったと思いました。「はあああー」と言って坂を下っていきました。

諸人こぞりての賛美を歌ってみました。ほかにもう一曲か二曲、知っていた賛美のフレーズを歌ってみました。(諸人こぞりての一番と二番くらいを知っている歌詞で歌いました。その記憶があります)。
そして、目を真っ赤に腫らせながら電車に乗りました。私は普通に予備校に行きました。

家に帰ってきました。一体今日の出来事は何だったのだろう、母に言ってみようかとおもいましたが、やめてしまいました。
不思議な印象だけがつよく残っていました。
部屋に入って少し祈ってみようとおもいました。
跪いて、軽い気持ちで簡単に祈ろうと思いました。
すると不思議なことに涙が出てきて、声もだして一生懸命祈りました。すぐに悔い改めの祈りになり、私の生涯で今のところ、最初で最後かもしれませんが、頭の中に映像がきました。それは中学生の時の道徳の授業でした。

担任の本間先生が、「この中で罪を犯したことがあると思う人は手を挙げてください。」とみんなにいいました、すると全員が手を挙げたのですが、私は挙げなかったのです。友達がお前、罪を犯したことがないのかよ、嘘つけ、というようなことを私にいったのですが、私は「いや俺は悪いことしていないよ」というような返事をしたのです。それは、確かに過去に実際にあった授業風景でした。それを主は思い出させたのです。私の心にものすごい責めがやってきました。ずっと私はよい人、正しい人という思いがありました。
しかし、それは神様の領域です。その思いは私が神様と同じ立場になっているということを示されました。大きな責めが心にやってきて、この罪は殺人よりも重い罪だということが直感的に分かりました。その感覚は神様が教えてくれた真理だと思います。
そして、ごめんさないという風に、涙を流して悔い改めたのです。
そしたら、とてもすっきりしました。これはいったい何なんだろうと思いました。

そして部屋をでて茶の間に行きました。

これが私と主との最初の出会いです。

神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので…ローマ1:20
イエスは言われた。「信じるなら神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか。」ヨハネ11:40
私は度々この出来事を思い出した。
この力がなければ私はとうの昔に死んでいたに違いない。

イエス・キリストの教えを考えるー道と愛についてー

平和と、信仰を伴う愛が、父である神と主イエス・キリストから、兄弟たちにあるように エフェソ6:23

愛は道である。
いや、道であった。
愛を術と呼び得るとき、その時は、もはや愛ではないのだろう。

〝愛している〟と言えばそれは愛なのか。
〝わたしたちは神の愛を実践する〟と、週ごとに皆でそう告白すればそこに愛があるのだろうか。
―そうではあるまい。愛は個人への関心であり、人との結びつきを欲する。愛している、その言葉は真心から目の前の結びつきのある人に対して(結びつきをもつべき人に対して)発するから真実である。そして、〝愛している〟と真心から発する言葉には、必然的に実践する努力と責任が結びついている。

もしも現実に、誰を想定することもなく空に向かって愛の言葉を皆で唱和し続けるなら、こんなに虚しいことはない。言葉と行いは一致すべきなのだが、この場合、そうした気概を個人が負う必要もない。もしくは、誰かを愛したい(愛すべき)がそうできない自らを慰める偽善の言葉へとたやすく変容する。こうしたことは、いくら霊的だと主張しても、実体から遠ざかるだけでなく、神の意図からも外れている。自助、自律と言った伝統的プロテスタンティズムの精神に反し、教会全体の弱体化をまねく。

日本の教会は開国後、欧米の宣教師によって開拓された。結果、歴史に残るような果実を得た。我々の先祖は誇り高く気概があった。少数ではあったが、外向きで大きな視野をもつ人物達が生まれた。世に対して、国に対して、確かに塩となり光となった。もっとも社会全体に鎌倉から流れる日本独特の武士道というプロテスタンティズムに似た気風が濃く残り、たとえキリスト者ではなくても、国をよくしようと皆がそう思った。これについては後に述べる。
終戦後、教会は一時期は発展する兆しも見えたのだが、どういうわけか時が止まり、時代に取り残されてしまった。

当時の教会の発展を診断すると、欧米文化の流入、社会情勢の不安、政治制度、その他多種の要因があるのは事実である。その全ての要因は脇に置き、礎石を掴む。

すなわち愛について。

―昔は愛があったのではなかろうか。
キリスト者からは誤解される表現になるが、日本社会に、言い過ぎかも知れないが、聖書の教える隣人愛に近いものがあったように思える。無論、真理を知り、真理を教える教会にはより強い愛があったに違いない。後世から見るからそう言えるのであって、当時の人々は各段難しく考えることもなかったのではないだろうか。おそらく、純粋に人が好きだったのではあるまいか―重要なことである。

時代背景からすると、キリスト者のなかにも、国を、社会をよくしたい、隣人のためにも労を惜しまない、そう思う人が相当多かったのではあるまいか。たとえ自分が幾らか損をしたとしても。
―それを愛と呼べないだろうか。
皆が貧しかったから、と言われればそうかも知れないが、本来このような自己犠牲的な隣人愛は、欧米のキリスト教の覚醒運動後にみられる果実であり、他国ではまずありえない。それが、我々の先祖が築いてきた武士道という奇跡的な産物と欧米のプロテスタンティズムが、不思議にも偶然にも似ていたのだ。

日本は後進国だった。明治維新後、我々の先祖は憲法を作り、国会を開設し、鉄道を敷き、全国に学校を建て、わずかの期間にとてつもない犠牲と苦労の末に国としての体を作った。貧しさから抜け出し、欧米に追いつこうとした。こうした時代背景から、愛は志と結びついた。キリスト者の名前を調べるなら、誰もが志をもっていたことがわかるだろう。たとえ名前が残ることはなかった若衆、婦女であっても彼らと似ていただろう。

当時のほとんどのキリスト者は、人生の途中で始めて福音を聞き回心した。家族を養う働き盛りの青年も多かった。そんな彼らを現代的な感覚で教会がどこまで育成ができただろうか。キリスト者になった人は、ごく当然なことのように、社会に対して自らの心にある責務を果たしていったに違いない。と同時に間違いなく精力的に伝道もした。そこには道があり、力があり、命があった。

いつしか教会は見える教会に目を向けるようになっていった。
国が豊かになった弊害なのか。戦後の教育、政治のせいなのか。要因はある。
教会は教会自身に目を向けるようになり、本来、世で使うべき人力を目に見える教会内で使うようになり、とかく教会に人が集まることを求めるという、上辺を見る安い罠に堕ちていった。〝リバイバル〟という言葉も、魅力的で人を騙しやすい。信仰復興運動に真実な聖霊の業があったにせよ、しばらくするうちに、明治のキリスト者なら、教会が現実社会を無視し始め傾倒していく過程の中で、内輪の祭りに陥る危険性をおそらく見抜いたのではないだろうか。いずれにせよ時がそう経たないうちに世代は代わり、次第に術に陥り、教会はさながら旧約のレビ人のようになったのではあるまいか。
教会は、愛と志と力を失い、森に入っていった。神の教えではなく、先祖の教えにすり替わったのだ。
少なくともこの国の初期キリスト者たちは神の道の上の歩いたのだ。

昭和、平成が過ぎ令和となった。国もだいぶ変わった。たとえキリスト者になったとしても、この国を愛し、社会をよりよくし、外向きで人を愛する、そんな志をもつ人がどれほどいるだろうか。過去の日本人が当たり前に持ちあわせていたこの崇高な精神を今日我々はどれほど引き継いでいるだろうか。福音と同様にほとんど教えられたことはない。この損失による影響は計り知れなく、国全体に及ぶ。

時代は終末に向かう。神の道の理解には知恵が必要だが答えは聖書に記されている。―が、国、社会、隣人に向けられる愛は、教会が辿るべき道の中の道なのではないだろうか。

キリスト教ー神の知恵と神の道ー

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である」ヨハネ14:6
あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。マルコ7:8

私は、最近「道」という言葉に足を止めて、思いを巡らすことがあった。
ある朝のデボーションのことだった。使徒行伝20章以降を読む中で「神の道」という言葉が目に留まった。私には時折賛美を作る趣味があるのだが、ちょうど「信仰の道」という言葉を歌詞に当てはめたばかりだった。
そういうわけで、「神の道」の「道」に目が留まったといえる。賛美を作りながら思ったことは、〝神の道〟とは、すなわち〝信仰の道〟であり、〝信仰の道〟とは〝神の道〟であると私の脳裏で今一度合点がいった。

誰でもキリストに従う人生を送ろうとするなら、〝人の教えよりも神の教え〟を選んでいく、そんな生き方を願う。しかしながら、この両者の見分けがなんと難しいことだろうか、と私は近年再三思ったものだ。おそらくそんな時代なのだと私は思ったのだが、歩を弁えるべきであり自分を過信しないように、との思いをもちつつも書く。

世の中にあって、社会において両者の区別はたやすいといえよう。それは、例えば、公正であり、清さであるような、良心に呵責のない選択、凛とした品格、品性を求めていくことが自然と回答となる。では、キリスト教会ではどうだろうか、と投げかける。ここに私が先に述べた難しさがあるように思うのだ。

人の教えなのか神の教えなのか。この論争はご存知の通り、かつて主イエスが律法学者を叱責したテーマのひとつである。神の教えを捨て、先祖の言い伝え、―長老の教えとも書いてある―をあなたがたは守っている、と。
主に叱責された律法学者を弁護するつもりはないが、人間とは我々が思っているよりもずっと、神の教えから離れ、人間の教えに巧妙にすり替わりやすく、ふと気が付けば皆がそういう状態になんの疑問も抱くことなくなってしまっていた、という宿命に近いものをもっているように思える。

これは非常に多岐に渡ると思う。一例で言えば、常識となっている教会の在り方、運営、礼拝の形式、順序、あるいは方法、どれをとってもいい。果たしてそれは、神の教えなのだろうか、人の教えなのだろうか。
さらにこう問いかけてみるとさらに深層にはいる。それは〝良いこと〟なのだろうか。それとも〝良いと思われること〟なのだろうか。概して、多くのことが、神の教えではなくいわゆる先祖の教え―この場合クリスチャンの先輩といっていいーになっていないだろうか。それは神からでたものなのだろうか、それとも人からか。
この見分けがキリスト教会内でできなければ、まさにそれは神の知恵をどこかにおいてきてしまったといえるのではないだろうか。そして、結果として道に迷い、道を失う。単に霊の人が築き上げてきた良い?伝統を否定しているのではないことは申し上げておく。

少し話はわきに逸れるが、聖霊は人に知恵と理解力を与えてくださると聖書は教えている。祈祷会、赦し、従順、あるいは誰か有名な人の預言というような、もしかすると先祖が長い期間築き上げてきた正当な、王道のレールをこれからも進んでいくことが、健全であり、疑問をもつことすらいけない聖域となっていないだろうか。

事実、過去に聖書の教える信仰を否定するキリスト者、団体によって神の教えを守るキリスト教会は大変な深手を負ってきた。致命的とも言えそうだ。いまもそうである。であるが故に、先に申し上げたキリスト教会内でのこうした発想がタブーに近いものであり、信仰的動機であっても進んで触れることを難しくしているとも思える。

そこで先ほど神の知恵と理解力に触れたのだ。稀代の天才医師による診断、諸葛孔明のような天才軍師による分析を経て、そして真に必要な処方箋と知恵をいただきながら、教会は本来あるべき道を未来に向かって進むことはできないのだろうか。
ヨセフ、ダニエルの名前を挙げてみる。多少誇張気味かもしれないが、彼らは自分のおかれている国の過去(歴史、経緯の分析)、そして、今という時代の現状把握―キリスト教会の座標と置き換えて言うには無理があるか―さらには先見の英知をもって未来を見たのだ。まさに聖霊による知恵と理解力によるものだった。

あるとき、諸葛孔明は家臣の姜維(きょうい)にこう教えた。
「要するに兵法の極意というのは、術ではなく道にあるのだ。術は上辺にすぎず、根底にある道こそが肝要」と。
私はこう思った。つまり方法や技術は表面であり、全体としての進むべき方向、大動脈を見つけそれを理解していることが大前提としてあって、そこで初めてその術に意味や根拠が付いてくる、と。(もしかすると、道を知っているが故に新しい術を生み出す可能性もある)。そして、その大動脈の道の上を進むことができる、と。

これは神の道と似ていないだろうか。道を知らなければ、術に陥る。術自体にいのちはない。
またわきに逸れる。
剣道、茶道、何々道というのは日本人には馴染みがある。武道、芸道などの武芸は、価値観や哲学的要素が底辺にある。武芸の目的は術の獲得ではなく、根底に流れている生き方や自己の精神的修練であり、これこそが大動脈である。技は孔明のいうところの上辺の術に過ぎない。見えざるものこそが本質というのは聖書が語る真理と同じである。

教会(この場合、地域教会をさす)、礼拝、祈祷会、伝道会、年間目標も然り、それは術である。さらには我々が愛と呼んでいるものも術になっていないだろうか。―それは神の意図した愛とは違うー愛については別に述べる。

神の道。今の座標を知り、そして未来へと進んでいく深層にある大動脈の流れを理解しているだろうか。もしその道を神の知恵により得ることができれば、上辺と呼ばれる術も、以前にはない鮮やかな色が付くだろう。

そして、私はこのような思索のなかで改めて思った。「わたしは道であり、真理であり、命である」、と言った主のことばを。ご自分を「道である」、と言われたことばの意味の深さをまた少しだけ知ったような気がした。