彼は随員全員を連れて神の人のところに引き返し、その前に来て立った。「イスラエルのほか、この世界のどこにも神はおられないことが分かりました。今この僕からの贈り物をお受け取りください。」神の人は、「わたしの仕えている主は生きておられる。わたしは受け取らない」と辞退した。ナアマンは彼に強いて受け取らせようとしたが、彼は断った。ナアマンは言った。「それなら、らば二頭に負わせることができるほどの土をこの僕にください。僕は今後、主以外の他の神々に焼き尽くす献げ物やその他のいけにえをささげることはしません。
列王記下5:15〜17《新共同訳》
〝ナアマン将軍の癒し〟はクリスチャンなら割と知られている有名な聖書箇所。
先月、私はふとなぜナアマンは土を持って帰ったのかなと疑問に思った。
家の注釈書を調べようと思ったが、列王記がなかった。
おそらく当時に風習と関係があるだろうという推測は立った。
調べても結果、よく分からなかったので光子先生にメールで尋ねてみました。
たまにどうしても分からない難解な聖書箇所は、光子先生に尋ねてきた。
そして、光子先生自身も調べてくださる。これは本当に恵みだなとしみじみと思う。
ナーマンはイスラエルの地(今でいう聖地)から持ち帰った土で神に祭壇を築こうとしたのでしょう。
出エジプト20:24・・土の祭壇をつくり・・
エリヤが贈り物を断ったのは真の神は異邦の神と違うことを示した。
癒しをお金でかえないこと。17節、しかし、ナーマンは、神の律法を主からしめされて、彼の信仰表明として祭壇を築こうと思ったのでしょう。ハレルヤ!         〜光子先生より〜
おまけ: エリシャに仕えていたゲハジはお金に目がくらみ、ナアマンの後を追ってうそをおついて、贈り物を受け取った。
何という好対照でしょうか。         〜光子先生〜
非常にスッキリしました。その通りですね。
私はナアマンがいろいろと思い巡らしながら主の祭壇を作ったことが想像できました。
そして、ゲハジ。
ゲハジはせっかくエリシャの元にいたのに…。
考えさせられるます。お金や名誉は今も昔も人を変えてしまいますね。
あなたは、わたしのために土の祭壇を造り、焼き尽くす献げ物、和解の献げ物、羊、牛をその上にささげなさい。わたしの名の唱えられるすべての場所において、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。出エジプト20:24  《新共同訳》