神様は約束の神。

私はヨシュアとギブオン人の箇所から日韓問題について連想した。

今回の日韓問題のこじれの発端は韓国政府にある。1965年の日韓請求権協定を破棄したこと。そして、レーダー照射…。

これはクリスチャンでも意見が分かれる問題だ。個人の聖書観、世界観、あるいはクリスチャンコミュニティによって意見が異なると思う。

一般的なことは申し訳ないがここでは割愛する。言えることは、一般の日本人が感じているようにクリスチャンが感じていないとすれば、今回のことはクリスチャンがずれていると思う(このような人は多い)。社会性を失ったクリスチャンは、そうなる。あるいは、〝こうあるべき〟という思想が事実よりも先行している。こうした「朱子学的思考」が、教会と現代社会の隔離を生んでいる。

簡潔に話します。

国と国が約束したことだった。しかも日本は幾たびも莫大な賠償金をいつも積んで来た。

ヨシュアは主の名によって間違ったことだったが、ギブオン人との約束を守ったのだ。ヨシュアは連合国の最強部隊に完全敗北される運命だったギブオン人の要請に迷わず全軍を率いて出陣したのだ!勝つ保証はなかった。

ヨシュアは〝約束〟を履行した。神様はヨシュアの行動の後で、〝勝てる〟という御言葉を語られた。

もうちょっと我慢して見てね。ラストがありますから。

1エルサレムの王アドニ・ツェデクは、ヨシュアがアイを占領し、滅ぼし尽くし、アイの町とその王をも、先のエリコとその王と同じように取り扱ったことを聞き、またギブオンの住民がイスラエルと和を結び、彼らのうちに住むことを許されたと聞くと、2非常に恐れた。ギブオンはアイよりも大きく、王をいただく都市ほどの大きな町であり、その上、そこの男たちは皆、勇士だったからである。3エルサレムの王アドニ・ツェデクは、ヘブロンの王ホハム、ヤルムトの王ピルアム、ラキシュの王ヤフィア、エグロンの王デビルに人を遣わし、4「わたしのもとに上り、ギブオンを撃つのを助けていただきたい。彼らはヨシュアの率いるイスラエルの人々と和を結んだ」と伝えた。5アモリ人の五人の王、すなわちエルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの王たちとその全軍勢は連合して攻め上り、ギブオンに向かって陣を敷き、戦いを仕掛けた。6ギブオンの人々はギルガルの陣営にいるヨシュアに人を遣わして、こう告げた。「あなたの僕から手を引かず、早く上って来て、わたしたちを救い、助けてください。山地に住むアモリ人のすべての王たちがわたしたちに向かって集結しています。」7ヨシュアは兵士全員、すべての勇士を率いてギルガルから出陣した。8主はヨシュアに言われた。「彼らを恐れてはならない。わたしは既に彼らをあなたの手に渡した。あなたの行く手に立ちはだかる者は一人もいない。」9ヨシュアはギルガルから夜通し軍を進め、彼らを急襲した。
10主はイスラエルの前で彼らを混乱に陥れられたので、ヨシュアはギブオンで敵に大打撃を与え、更に彼らを追ってベト・ホロンの坂道を登り、アゼカ、マケダまで彼らを追撃した。11彼らがイスラエルの前から敗走し、ベト・ホロンの下り坂にさしかかったとき、主は天から大石を降らせた。それはアゼカまで続いたので、雹に打たれて死んだ者はイスラエルの人々が剣で殺した者よりも多かった。12主がアモリ人をイスラエルの人々に渡された日、ヨシュアはイスラエルの人々の見ている前で主をたたえて言った。「日よとどまれギブオンの上に/月よとどまれアヤロンの谷に。」13日はとどまり/月は動きをやめた/民が敵を打ち破るまで。『ヤシャルの書』にこう記されているように、日はまる一日、中天にとどまり、急いで傾こうとしなかった。14主がこの日のように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった。主はイスラエルのために戦われたのである。15ヨシュアはその後、全イスラエルを率いてギルガルの陣営に戻った。ヨシュア記10:1〜15《新共同訳》

ここで奇跡があったことはクリスチャンなら知っているでしょう!?

日が傾かなかったのです!こんな奇跡は歴史上に一度きりです。なぜ神様はそうされたのでしょうか。ヨシュアが勝つためでしょうか。そうなら何度もそうしたかもしれません。

やはり!ヨシュアが約束を守ったことが鍵だと思うのです。

約束を守る、これはすごいことです。ここに神様の心が動かされ、日の傾きも止める結果になったのだと私は思います。

約束を守る。神様の品性、御人格と一致しているこの真理

日韓請求権協定破棄。ここにこれを当てはめるのは、正当かどうか。しかし、クリスチャンとして大いに参照すべきと私は思うのです。御言葉は、適用、実践なのですから!(だったら過去の罪は?謝罪は?という意見はあるでしょう。…それは当然重要です。しかし、今回のケースは破壊なのです。)

神の義を思い、真実を愛し、事実を選択する必要があります。嘘や偽りに上に立脚したのでは、やがて虚しく滅びるのです。

日本人でも、韓国人でもいろいろな人がいます。国民性も同じではありません。

ですが、約束を守る、その重要さをヨシュアとギブオン人たちが教えてくれている、そう私は思うのです。