8/3(土)~/16(金)の42食断食スタート。2年前と比べて、一切、悔い改めの吐き気が来ない。

4日目夜。ベッドに横たわったとき、天国のような幸せに襲われる。世界一周旅行に行くよりも幸せな気分。肉が衰え、神が本来の人間に与えた腹の奥底から沸き上がる喜び。旧約でなぜ断食と悔い改めが重視されたかが分かる。人間本来に与えられた喜びを味わえるから。本物の天国はもっとスゴいはず。天国への期待感が高まる。

7日目頃から宣教師のスピリットが与えられるように祈り始める。

11日目。今までの御言葉朗読、悔い改め、血潮の宣言は全て、自分のための祈りであって、執り成し祈りが殆どできていないことに気づく。聖霊様に押し出されてやる宣教を行うためにも、死にゆく魂、滅び行く魂のために泣けるように祈り始める。3時間祈っても涙出ず。休憩。休憩最中、職場の学校便りで同僚の写真を見た瞬間、その同僚の魂の尊さに気づき、涙が流れる。夜も涙し、死にゆく魂のために涙し祈ることは、この時代に生きている意味・霊的命の躍動感を感じられるのだと悟る。

しかし12~13日目は涙出ず。

14日目最終日。死にゆく魂を哀れむ心、涙する心を与えて下さいと切に祈るが、いつもと変化なし。そして祈りを終え、ベッドに横たわっていたとき、変化が来る。自分自身の人生がどれほど短く、限りある地上での貴重な旅路であり、どれほど自分自身の魂がかけがえのない存在かに気づき、感動し、涙する。不朽の名作映画を観たときの感動の涙と似ていた。そのとき感じ、思ったことは、自分自身の与えられた人生の中で、極端な無理をせず、自分自身を大切にすること。朽ちる冠のためではなく、朽ちない冠のために生きる時間の使い方が大切だということ。そして、救われていない魂を哀れむための祈りは、自分自身に跳ね返って来て、この時代における自分の魂の存在意義を体験し、感動できるということ。断食の最後の最後の寝る直前に、神様が自分に教えてくれたことだと分かる。

(GTHより)

⭐️旧約聖書を見ると、断食祈祷は、悲しい時や神に特別に祈りの答えを求める時に行いました。聖書には断食という言葉は68回使われています。

参照

ダビデはその子のために神に願い求め、断食した。彼は引きこもり、地面に横たわって夜を過ごした。(サムエル記上12:16)
そのためにわたしたちは断食してわたしたちの神に祈り、祈りは聞き入れられた。(エズラ記8:23)

※GTHは断食期間は水や少量のジュースを飲み、固形物は取らなかったようです。断食期間が終わり翌日同僚に会った時、「あれっ、ちょっと痩せたんじゃない?」と言われたそうです。そりゃ、そうだよね。(笑

(David)

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