愛と罪について

クリスチャンでも罪を犯し得る
しかし、なぜ人は立ち上がれるのか
神の赦しがあるから

神の愛は変わらない
神の愛が先にあるから、人が再び神に戻ることを可能にする
罪を犯した後に神の愛があるのではない
神の愛は既にあった
はじめからあった

罪は神の愛に勝てない
神の愛は罪に勝る、いや、神の愛は罪を覆うというのが正しいのか

何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。Ⅰペテロ4:8
憎しみはいさかいを引き起こす。愛はすべての罪を覆う。           箴言10:12
わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。ローマ8:38〜39

1 これを人に可能とさせるのは信仰(神への信頼)だと思う

2 そして聖書は聖霊の働きだと教えている

希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。              ローマ5:5

神様に勝利を与えるもの
それは愛ゆえの勝利
人がどんなに罪を犯したとしても、神に立ち戻る時、そこに神様の愛がある
罪を赦す愛がある
人は赦される愛を経験する
神様は愛ゆえに勝利する

神は愛なのだ

横須賀に引っ越し、長い期間ひとりで苦悩の日々を過ごすなかで悟ったことを記録しました。誰かが立ち上がるきっかけになればと思います。