一連のコロナウィルス感染拡大は、政治的判断が社会全体を左右させることを深く痛感した。祖国の武士道精神が現代に生きていたらなら、即座に自国を守るという揺るぎない姿勢で対応したのだろう。国民の命も、国防も、経済産業も守れなくなる、そんなことを再考する機会とはなった。現在、公立学校の休校及び、国民の働き方や日常生活にも大きな変化が現れた。

…こうした世界を巻き込む変動は、終末を見据えると今度ますます助長されていくのではないだろうかと思う。

歴史を振り返れば、疫病の流行や世界大戦、たびたび人類はそう言った恐怖を経験した期間があり、当時のクリスチャンたちは今か今かと当然のごとく終末を予感したに違いない(大迫害や大殉教の最中ではそう思われたことでしょう)。…しかし、それでも終末は来なかった。

終末は近づいている。

しかし、焦らずに着実に福音宣教を進め、時代に対応した働きをしていければなと思いました。明日は教会によってはネット礼拝をするようです。ヨイド純福音教会もそうらしい。…『今』という時の流れを感じました。

ところで、表参道/原宿に拠点をもつ、クリスチャン系YouTuberプロダクションというのは、たしかに面白いかもしれませんね。

それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行なうことなのか、それとも悪を行なうことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか。」と言われた。彼らは黙っていた。《マルコ3:4》聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会