今日は久しぶりに淀橋教会の仲間たちとご飯を食べました。

私は〝先生〟というより〝友だち〟という感じです。

私はずっとそれでいいと思っています。

もしかしたらですが、私は多くの人にとってそういうところが〝いいな〟って思われているのかもと思う時がしばしばあります。

牧師は偉い人ではないし、ちやほやされたり、人間的な変な権威をもつべきではないと思います。

どこかで書いたかもしれませんが、教会を離れたり躓いてしまった人たちって、

その理由は教理や聖書解釈の違いやそういったところにはほとんどないものです。

多くの場合、牧師や中心にいる人たちの品性、あるいはそこにいる異質な人間関係が原因のように思われます。

優しくて、へりくだって、人の気持ちを理解できる(相手の立場に立って考えることができる)ことが

結局、最も大切なことなんだと思います(これは非常に当たり前な話なのだが…)。

クリスチャンになるってことは、神の御心として〝キリストに似たものになる〟がありますからね。

ここから外れると、だんだんおかしくなってしまう。

…そんな気がします。

誰かが言うように、「大切な人を大切に」

たとえ、どんなに教会が大きくなって人が増えたとしても、ずっと変わらずに大切な人を大切にしていきたいと思う。もしも人が増えて大切な人を大切にできない(あるいは今までそこにいた人を大切にしない、あるいはできない、ともすれば大切な人ではなかったなんてことがあるわけで…)ならば、それは違うと思うんです。キリストの体、エクレシアですから。

ともかく今日はジェリコとも遊んでホントに楽しかった^ ^

神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。《ローマ8:29》