私にはずっと書きたいと思っているテーマがある。

仮題は「朱子学と現代キリスト教会」である。

これについて半年前からぼんやりイメージができているが、相当に書くのが難しい。

 

要するに、敗戦とともに完全に滅び去った朱子学的影響(イデオロギー!?)が、実はキリスト教会の中で息を潜めて生きていた、みたいな話です。事実相当なものかと思う。

 

こう言ったら分かりやすいのかもしれません。クリスチャンなら誰もが知っているであろう、

ヨブと3人の友だちのお話。

ヨブは現実を語った。彼は嘘は言わなかった。

3人の友だちは、理想を言った。こうあるべきだという前提で話した。ある意味、現実を無視した。

 

後に、神様はヨブを褒めて3人に怒りを表された。

 

現代キリスト教において、みんながみんなというわけではないのですが、ヨブのように真実を語るよりはむしろ3人の友だちのようにこうあるべきだと考えて語る人が多いように思うのです。…信仰歴が長い人程。

 

もちろんなんでも批判してはいけないのです。しかし、その動機とか、物事の判断を〝朱子学思考〟に染まっていると、私たちは容易く律法学者になってしまうのです。

そういう意味でも〝御霊の自由〟って大事だなぁと思いました。

さて、主がこれらのことばをヨブに語られて後、主はテマン人エリファズに仰せられた。「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。それは、あなたがたがわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ。《ヨブ42:7》