上記写真は7年程前のものみたいです

12月14日(土)午前11:04
思い切って電話をかけた。
証しに登場する三本松先生に。
証しを書き、投稿するなかでこの気持ちが行動に移ったと言えます。

三本松先生とは私が聖光学院高校2年生の時に初めて会った。

時は流れ…
その後大学3年時の教育実習挨拶での再会(私は卒業後にクリスチャンになっていたのですから、それはもう感動の再会でした!)

そして大学4年時の教育実習での濃厚な2週間
教育実習が終わった最終日、新生されている3人の教員が私を福島市の美味しい天ぷら屋さんに連れて行ってくださったのです。

その3人とは、
三本松先生(当時、北信カルバリー教会)、小野先生(日本基督教団伊達教会)、津村先生(確か米沢興譲教会、アームレスリング日本チャンピオン?)
主にある励まし、慰めの時間、祈りを受ける時間、しみじみを神の恵みを思う時となった。高校の先生の枠を完全に飛び越えて、キリストにある後輩私に隣人愛を注いでくださった。あれこそ真のキリストの教会(エクレシア)だと思った。

天ぷら食べたその晩、三本松先生はご家庭に私を呼んでくださった。
そこに奥様と4歳の娘さんがいました。感動的な美しい時だった。

私は最高の体験をして、東京のヨハン早稲田キリスト教会に戻ったのです。
(教育実習2周目の木曜の朝、生涯で2度目の聖霊のバプテスマを受けた、受けてしまった)
ヨハンで伝道爆発しました。

…あれから数年経ち、
私は献身、そして幹事任命、伝道師、
確かそのあたりで三本松先生から電話がかかってきたのです。
「おおー、光平か!元気?えっ献身したの?すごいね。とても励ましになるよ!」
そして電話の向こうで祈ってくださいました。
その時の感動は、過去の私のブログに載せました。

そして月日は流れました。私の方からはとても連絡しにくい状況になっていきました。Facebookでは友だちになっていました。

そして突然2019/12/14に電話してみたのです。
「えっ!光平なの?元気?今はどこにいるの?俺もちょうどいろいろ考えていたところだ。これは神様の導きだね。ちょうどこれか錦糸町に行くから午後に会おうか?じゃあ、御茶ノ水でね。」
そして、教育実習ぶりですからなんと約20年ぶりに再会したのです。
私は自分のことを正直にお伝えしました。
三本松先生も自分のことをなかなか人に言えないことも話してくださいました。
(…先生も本当に、本当に、本当に、苦労なさったんだ)胸が詰まった。
これこそ、こんな人のことを〝先生〟って本来呼ぶんじゃないかって思いました。
―高校の先生であり、牧師としての先生でもある―

その夜、三本松先生の奥様から電話。
「あらまー、光平くんなの?すごく嬉しい!時々思い出していたんですよ」
…ということで、翌日の午後、つまり日曜の午後に三本松先生夫婦に会いに行きました。
ガストでご飯を食べて、…そして小岩駅前で路傍伝道!

ほとんど毎週やっているんだって。
もちろん私は手伝いました。

アメージングすぎる時間でした。
その賛美が非常に良くて、なんか預言的な印象で、
心は燃えに燃えました。

賛美の中である老夫婦が1000円おいていきました。なぜが両手を合わせて拝んでいくという…。ある老婆は手拍子、ポケットからじゃらじゃらと数百円、そして宝くじを1枚置いていきました。笑えた。
先生にお渡しした。「これが今日の戦利品です」、と。笑

※三本松先生の娘さんが今は22歳だって!あの4歳の娘が。

※ヨハン早稲田の皆さん、韓国部の愛すべき皆さん、
あの一時的な発信が皆さんの一部の方を傷つけてしまったことをお詫びします。
本当は皆さんに向けたものではないのです。少しでも事実を知ってほしかったのです。ヨハン早稲田が良くなっていることはお聞きしています。
教会にいろいろな人がいます。変わらずにいる?人々にも知ってほしかったです。
あの投稿は非常に迷いました。しかし、私が再出発するためにもどうしても必要でした。
もうあの頃のこと、あの頃の兄弟姉妹のこと、代弁というか、叫びというか、もう発信できるのはもしかして最後に私なのではないかと…。どうかご理解ください。
私はいつまでも応援しています。いつまでもとても愛しています。私が何かできなくても、どこかで役に立つことがあるかもしれない。いつも暖かく見守っている。
キリストにあっては永遠の兄弟姉妹なのですから。
主役は皆さんです。アーメン