聖光学院高等学校(せいこうがくいんこうとうがっこう)は、福島県伊達市(第二校舎は伊達郡桑折町)にあるキリスト主義の私立高等学校。工業科と普通科があり、普通科には大学を目指す特進コースと進学コースと福祉コースがある。ーWikipediaー

聖光学院は、私が2年に上がるときに、普通科校舎と工業科校舎に別れました。普通科校舎が新しくログハウスとして新築されたのです。三本松先生は、工業科の物理の先生でした。ですから、普通科の私と三本松先生はほとんど接点がありませんでした。

…時間がかなり経過しました。
私は◯◯◯大学の後期試験に合格し、教職課程を取りました。私は当初は中学か高校の社会科の先生になりたかったのです。

私は大学3年生の11月にヨハン早稲田キリスト教会にて受洗しました。・・・3年生になり、母校である聖光学院高校に教育実習申請の挨拶に行くことになったのです。
当時私はイエス様を燃えるように愛していました。日々伝道の心に満ちていました。…当時のヨハン早稲田キリスト教会はまだそんな自由があったと思います。私は母校に再び戻ることが、イエス・キリストを証しする機会になるだろうと2年生の時から感じていました。

…高校生だった時、私はキリストを知らなかった。しかし、時を経た今、私はキリストを知っている。
過去とは全く違う自分がいる。

教育実習の挨拶のために聖光学院にいきました。浪人したので4年ぶりのことでした。
まずは本校舎工業科の職員室に行きました。すると、見覚えのある先生が何人もいました。担当の教員に挨拶を済ませました。私は多分クリスチャンになったと言いましたが、それについてはああそうかぐらいで終わりました。
事務手続き上はそこで話は終わりなのですが、私は近くの先生に「もしかして小野先生はいませんか?」と聞いたのです。
小野先生は私が高校2年時に既に辞められた先生です。しかし、あの人こそ、私に初めて聖書の基礎を教えてくれた人です。「えっ、小野先生ですか?驚きましたね。小野先生は実は今年から体調がよくなって復帰されているんですよ。」と言いました。「近くにいますよ」。
私は度肝を抜かれるほどに驚きました。常識的にそんなに上手いタイミングであの小野先生が復帰しているはずないと思ったのです。と、同時に心の中で「主よ、やはり用意されているのですか?」「本当なんですか」と主に尋ねたのです。

すぐに小野先生がやってきました。何年ぶりでしょうか。
私「小野先生、お久しぶりです。」
先生はなんとなく私を覚えていました「なんか覚えている気がする。あの國分くんなの?」
主の導きを感じました。
私「小野先生、実は私はクリスチャンになったのです。イエス・キリストを信じています」。小野先生「えっ!まあ!それはうれしい!!。洗礼はうけたの?」確かそんな会話をしました。小野先生は相当に喜んでいました。それは霊的なクリスチャンの喜びでした。

小野先生「三本松先生には会いましたか」
私「いいえ、まだです」
小野先生「確か図書室にいるはずですから、一緒にいってみましょう。とても喜ぶと思いますよ」

職員室にいる先生はクリスチャンではありませんから、このような会話を続けることに抵抗があったと思います。それで小野先生に先導されて二人で二階の図書室に向かいました。
三本松先生は私のことを何となく覚えているかもという感じでしたが…。
小野先生が「國分君はクリスチャンになったんですって」という話から、とてもその表情からすぐに喜びが湧き出ていました。三人でテーブルを囲み椅子にすわりました。
「それは驚きだね。とてもうれしいよ!俺もずっと学生のために祈っているんだけど、なかなか救われる人が起きない。実は最近救われる人が起こされなくて落胆していたんだ。主は私を励ましてくださった。ものすごい励ましだね。ハレルヤ。君は一体どのようにイエス様に出会ったの?」
※三本松先生はどのようにイエス様を信じたの?ではなく、どのようにイエス様に出会ったの?と尋ねたことを私はよく覚えています。

私はあの高田橋の話を簡単に話しました。
「それはすごい感謝なことだね。不思議だ。いや~、神様から直接選ばれるなんて、本当に感謝だね」たしかこんな話をしたと思います。

(なるほど、そんな見方もあるかもなと思いました)
そして、「お祈りしましょう」と三本松先生は言って、三人は頭を垂れました。
三本松先生は私のために祈ってくださいました。私の救いに対する感謝の祈りと教育実習期間の恵みのために祈ってくださいました。
私は二人と別れ、今度は別校舎の普通科の職員室に挨拶に行きました。

昔の担任だった木波先生や顔なじみの先生方がいました。クリスチャンなったことを言ったかは覚えていません。普通科の先生は信仰が全くなかったので、そんな話にはなりませんでした。
確か世界史担当の紺野先生に私がクリスチャンになったことを少し話したと思います。今野先生は柔道部顧問で仏教信者です。

そして、事務手続きを終えて私は二本松の実家へと帰宅しました。

…私は教会で熱心に信仰生活を送っていたと思います。

そして、来年の教育実習を待つことになりました。私はそこに神様の導きがあると思っていました。きっと伝道のチャンスがあると思いました。聖光学院高校では、毎朝に20分程度の礼拝があり、各先生が順番で説教をします。信仰のない先生はかなり適当な説教をしました。それも覚えています。ある数学の先生は、生徒の身だしなみについて説教したのを覚えています。イエス様と全く関係のない話でした。
聖書と関係ない内容で日頃の自分の思いを言っただけでした。
こうしてみると、まるで中世のキリスト教会でした。

…私はきっとあの講壇にあがって証しすることになると感じていました。

三本松尚英 先生

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今も夫婦で主に仕えておられる