理念

はじめに。
私はふつうではなかった。どう考えてふつうではない人生、ふつうではない生活をしてきました。
普通(ふつう)とは、広く通用する状態のこと。
例)  朝うんこするのは普通。寝る前にしっこするのは普通。
普通の『普』は、「あまねく」「広く」を意味する字である。
対義語として、「特別」「特殊」「特異」「奇異」ーWikipediaー

本論

私は現在の地域教会のあり方を決して否定するものではありません。これまでも必要だったように、これからも必要であると考えます。

ですが、現在の社会情勢では、もはや人々が特定の地域教会に所属し、毎週末ごとに集まることが非常に困難であるばかりでなく、教会の本質、初期キリスト教会と照合しても、建物を中心とした地域教会に所属することに聖書的根拠がないのであれば、これ(宗教・儀式的に陥り易い形態)を必ずしも踏襲する必要はないと考えます。むしろ、各人が主イエスとの個人的関係を築いていくことが重要であると考えます。

聖書を読んだことがない人、興味がある人、真理を求める人、その他どんな理由であろうとも、誰でも気軽に聖書に触れる機会が増すことを希望します。

そして、主イエス信じ、聖霊を受けた人びとの繋がりの輪が身近にあるように、社会の中に、主イエスの命に満ちた真の教会(エクレシア)が広がることを願いつつ。            

  令和元年        David@栄光に輝く炎✨🔥